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2007.09.13

富久長、今田酒造本店さんに行ってきました!

これまで気にはなっていたものの、距離のこともあり延ばし延ばしになっていた今田本家酒造さん訪問。
月曜日にようやくのことで行ってきました。

出迎えてくれはったのは、今田本家酒造さんの顔であり、杜氏を務める、美穂さん。
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結論から言うとほんまに熱い人でした。

最初に向かったのは、地元の八幡神社。
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ここには吟醸造りの発明者、三浦仙三郎さんの銅像があります。
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「吟醸造りの発明者」と言いましたが、この小さな町、安芸津が吟醸造り発祥の地なんです。
もともと安芸津は海の交通の要所として栄えた町。
灘からも酒が運ばれる中で、自分達でも酒造りを始めようとなったときに、一つ難点が。
灘と同じように酒造りをしても、なぜかうまく醗酵しない。
その原因は水でした。
灘は醗酵力が旺盛な硬水。
しかし安芸津は軟水。

この問題を解決させたのが、吟醸造りでした。
一般に「吟醸」というと磨いた酒というイメージが定着していると思います。
しかし、吟醸造りとは米を磨けば、即吟醸と言えるようなものではありません。
低温でもろみをひっぱり、人の手によって醗酵をコントロールしながら、もろみ末期までもっていく。
それが吟醸造りです。

そしてこの吟醸造りにより、軟水でも健全な醗酵を成し遂げられるようになり、安芸津はその技術でもって広島杜氏の郷になったわけです。
安芸津という町は南房総と似通った面があり、比較的作物が豊富に取れ、眼前には魚場をかかえ、温暖な気候を保ちます。
したがって雪国で連想されるような出稼ぎとしての酒造りという側面ではなく、技術集団としての腕が求められた杜氏群だったわけです。
今では安芸津には今田本家さんともう一軒の造り酒屋さんがあるのみですが、最盛期には10軒以上の造り酒屋が店を構えたとの事でした。


以上、全て美穂さんからの受け売りです(笑)。

その、安芸津にある今田本家酒造。
富久長さんが吟醸造りにこだわるのにはそういう背景があったんですね。
僕はそういうことをなんも知らずにいたもんで、恥ずかしい限りでした。


で、いよいよ蔵に。
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富久長さんが目指さはるのは、人がきちんと設計し、技術を尽くし、コントロールされた末に生まれる、酒(これもやはり吟醸造り発祥の地であることと関わっていますね)。

そのためにはできる事は全てしたい。
造りで一番重要な米の蒸し。
富久長さんでは、米を蒸す際のボイラーの温度を気圧による変動を受けない一定の温湿度を保てる機械を導入してはります。
品質を保つための全量、瓶燗火入れ(これはほんま凄い。よく一番忙しい仕込み時期に手が回るなぁと頭が下がります)。
それを行うための、3日ごとの仕込み。

製品の8割以上が純米吟醸規格と言うとんでもない数字は、このこだわりから生まれるものなんです。

で、翻ってうちの店。
店に来てもらってる方にはわかると思うんですが、富久長さんを売っていこうという売り場作りには現在のところなってないんですよね。
その辺のところも率直に話しをさせてもらうことができ、南房総の飲酒文化も理解していただけたのではないかと思います。

蔵を出、お昼ご飯を食べながら「酒を売る」という事についてもいろいろ話しできたんですが、その中で、広島県内の酒販店を集めての勉強会の話しなど興味深く聞かせてもらえました。
また酒を売ろうとするのであれば、飲料全般のコンサルタント(ひいては食との関連も含め)にならなければならない。
と仰っていたんですが、ほんまその通りやなぁと思いながら話さしてもらいました。


今回、蔵を訪れ、話しを直接させてもらうことができ、ほんまに良かったです。
これから徐々にですが、富久長さんを売っていけるような売り場に変えていきたいと思います。


富久長、その酒は繊細で優美ですが、造り手はむちゃくちゃ熱いです!
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